なんと2月の大雪です。
雪が降らない地方出身なもので…逆にテンションが上がっちゃう。
遊びに出かけて無事、雪が積もりました。
子どもたちは大喜びでしょうね…実際、この雪の中でも親子連れいましたもん。
私もその内の一人です。(ホント、雪国の人に怒られそう)
でも雪国行ったら「外走れないじゃん!」って嘆くんだろうな。
サーフィンをしている方から、「雪が降ってもサーフィンするんだよね~」って聞いて「いやいやウソでしょ」と言いかけて「確かに、雪が降っても走るもんな…」と言ったのを思い出しました(笑)
🍊境界線が曖昧になると起こること
星読みされている中で、私がいちばん大好きなケニーさん。
言葉選びが本当に素敵なんですよ☆彡実際にセッションも受けさせていただいたことがあり、その時いただいた言葉は今でも宝物です。
そんなケニーさんのメルマガより。※全文は本稿最後のケニーさんのブログより
境界線が曖昧になって、相手の問題に「深入り」してしまったり、「人の問題」を「自分の問題」だと思う、「同化現象」のようなことが起こりやすくなります。
それゆえ、この時期は、相手を「助けたくなるスイッチ」が、入りやすくなる時でもあるので、少しだけ注意が必要です。
相手のことを、こちらで勝手に、「困った人」や「可愛そうな人」に見立てて、「救おう」とし過ぎないでください。
これが私にドンピシャだったんです。
旦那さまが今、仕事が忙しいんですね。疲れていて、走る気力がなくって、自分の時間が取れてない。
…と、私には見えています。だって私の現状は真逆で、ゆっくりと穏やかに、自分に向き合いながら、走ることも丁寧にしている毎日。
これは旦那さまのお陰で成り立っている「安心安全な空間と時間」。
だから「罪悪感」を感じ始めていました。
見えている現実は私が作ってる。だとするならば、どこからが私の責任で、どこからが私も背負うもので、どこが私と旦那さまの人生の境界線なの?と。
🍊見えている今は、私への問いかけ。
『私は、自分の罪悪感から手を差し伸べたり、相手から依存してもらうことで、自分の”存在価値”を得ようとしていないか?』
相手を助けたくなったとき、極端にサポートしたくなったときは、そんな問いを、自分の中に持ってみたいのです。
…今回ここまでは行かなかった。「何もしなくていいの。見守ってるだけで」と言ってくれた人がいたお陰で。モヤモヤだけは残ったけど…
でもじゃあ見守るにしても、私はどうあり続けたらいいのかな?どんな状態で隣に、一緒にいたら良いんだろう??
そう考えると、この時期、僕たちが「試されている」のは、「その人に、力があると、”信じてあげる”こと」なのかもしれません。
その人は、今、必要なプロセスの中にいて、必ずその課題を超えることができる。必ず自分の道を見つけることができる。
だから、近くで、(あるいは、遠くからそっと、)「信じて見守ること」も、僕たちの「課題」なのかもしれません。
そうか…それで良かったんだ。「信じる」ということ。
だって旦那さまは出逢った当初、今よりさらにハードワークで無茶な日々を送っていたもの。でも、見事に乗り越えてここにいるもの。
今の事象が私に伝えてくれているのは、「信じること」。
🍊ただそれがいいから、起きている。
「それは彼の人生のテーマだから。今はそっちをやった方がいいから、起きている。ただそれがいいだけ。はりきって応援すればいいの」。
これは恭世さんからいただいた言葉。
私の捉え方が勝手に「問題にしちゃってる」だけでしたね…
別に助けを求められたわけでもなく、悩んでいるわけでもない。彼はすべて自分で分かってやっているし。
そして「相手を信じる」ということは、「自分を信じる」とイコールなんだ。
むしろ「自分を信じる」が先だから、いかに自分を信じているか?で、捉え方も行動もすべて変わる。
相手を見て感じたことは、どこまでもどこまでもすべて「自分自身」。
起きている今は、自分に何を伝えようとしてくれているんだろう?
相手に対して何かする前に、自分を見つめたい。それを改めて教えていただきました。
今回のケニーさんのお話は、以下アメブロで全部読めます~
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