せっかくブログを再開したのに、不吉なタイトルです。
でも、2022年の私の中で大切な考えだったのでまず書こうと思います。
🍊仕事と私、どっちが大切なの?
むか~しの痴話喧嘩にありそうな文句ですね。
2022年の4月、私は仕事を始めました。完全フルリモートの事務です。
ちょうど走れなくなった時期とマル被りしています。
昔痛めた故障が再発して、治療に行ってもダメ。しかも両脚共に痛くなるし。
身体に痛みがあると、走るモチベーションはダダ下がりです。
GWにトレランの大会に出てみたけれど、トップの人たちのドン引きの走り(下りを転げ落ちながら走るんですよ、猛スピードで)を見て「またこの世界(競争の世界)に行くのはもうヤダ」と、気持ちも離れたので、仕事(少しでも出来ることでお金を稼ぐ)にシフトしました。
今から振り返ると完全に「逃げ」なんですけどね。
最初は微々たるものだった稼働時間も増え、仕事も増え、頼まれることも増え。
そうして少しずつ貯金は増えました。
でも、です。
自分なりに頑張っても月数万円。なのに仕事内容としては、正社員時代や契約社員時代と比較しても結構な仕事をこなしている。
月数万円のストレスと金額が見合わない。
たった月数万円のために、毎日フルタイムの勢いで仕事をしている自分。
11月初旬には、身体は悲鳴を上げ始めていました。
旦那さまには初期のころから「仕事はやめるべき」と言われていました。
旦那さまは会社というものはどういうものか、働くとはどういうことか。
仕事のレベルや給与とはどう決まるのか。
諸々分かってやっている人ですので、色んなものが見えていたんだと思います。
でも、私は「自分」よりも「仕事」を優先しました。
辞める決断が出来ませんでした。
🍊私は何にもできないから
辞められ無かったのは、まずお金の不安。
旦那さまの稼ぎに頼っていたものの、自分で友達に会いに行ったり、遊んだり、欲しいものを買ったり…自由に使えるお金は自分のお財布から出したい想いが強かったので、そのお金が欲しかったこと。(2022年3月時点、お金のせいにして行動を制限してました)
もう一つは「やりたいこと」が見えなかったこと。
これが一番大きかったです。
今まで自分で事業を起こしてきた女性や、やりたいことをやっている女性にたくさん出会ってきて、開業届を出したはいい。けど、完全に憧れどまり。
「別にしたいことなんてない」。
そうやって自分をずっと卑下してきた。
羨ましいな…と他人を妬んで、私なんか何にもない、何にもできないになっていました。
みんな、相応の努力と年月と回数を積み重ねているから出来るのにね。
でも、こういう心理状態のときはそうは思えない。
しまいには
「だってさ、成功している人たちは『努力したら結果を残せた』んでしょ??私は努力しても結果を残せなかった!そりゃ羨ましいと思うよ。何が悪いの!!」
旦那さまと一緒に走っている時に、そうぶちまける。
そこでもう一つの真理に気づいてさらに号泣。
「今まで自分が「成功体験」と思えることって、全部私の努力じゃなくて、ただの運じゃん…」
今まで自分が成しえたことは「自分の努力」じゃなかった。
「努力」と思ってきたことを、まず全否定した一幕です。
🍊サインはちゃんとやってくる
そういう葛藤を繰り返している最中、旦那さまの実家に帰省しつつ仕事をする日がありました。
パソコンをセッティング。
……電源アダプタは??
忘れたんです、家に。
その日やるべき仕事は結構あったのでめちゃ焦り、旦那さまに近くの電気店で探してもらうことに、
3店舗も回ってくれた。
でも、ない。
田舎の電気店には無かった。
もうなすすべがない。
「パソコンが壊れた」と言って、方々に連絡して仕事を全部リリース。
何とかその日をしのげましたが、この事件でさすがに分かりました。
「私、仕事やりたくなかったんだ」
だから「忘れる」という事態になった。
旦那さまにも「これで無かったら辞めろってことだろうなと思ったよ」と。
物事にはすべて意味がある。
辞める決断をしました。
🍊じゃあ、どうする??
すぐに辞める意向を伝えましたが、そこからさらに葛藤。
「じゃあ、何がやりたいのよ??」
それが見えなくて、「出来ること」に逃げていたのに。
また「しゅん…」としょげながら、一人走っている中で考えました。
「もうシンプルに行こう。もし明日死ぬとしたら私はなにをするんだろうか」
極論かもしれないけど、イメージしてみた。
とりあえず起きる。
走る。
食べる。
書く。
これだ。
私がやりたいのって。
🍊答えはすべて、自分の中に。
家に帰って旦那さまに伝えると
「…すごいね。俺もちょうどなっちゃんに何て言おうかと考えてて。1年後死ぬとしたら何をする?って問いかけしようとしてたんだけど」
「明日」ってのが極端ですごいけど(笑)と言われながらも、やりたいことは決まりました。
走ること。
書くこと。
走ることはもうね、シンプルです。
競争の世界で神経すり減らして(勝手にね)、耐えられなくなって。
このまま続けていたらヤバイと思って辞めた。
嫌になって辞めた。
なのに、またこうして走っている。
一番拒否していた「ランナーの男性」とこうして一緒になった。
すごく楽しそうに走っていて、結果を出しているランナー(対象は女性のみ)を見ると「早く怪我すりゃいいのに」「苦しめばいい」とめっちゃ邪念を送る。(そういうね、嫌みな部分めっちゃ持ってますからね、私。口には出さないけど)
でもそれだけ「羨ましかった」から。
本当にはまたしっかり走ることと向き合いたいのに、逃げていた私に対しての「文句」です。
「走ることの楽しさ」をまだ見いだせないけど、本当は楽しく走ってみたい。
2023年は、もう一度、本気で走ってみます。
マラソンにも挑戦しますよ!!
「書く」ことは、まずこのブログで。
去年全然書けなかったけれど、何か言葉が湧いたらすべてここに残します。
記憶に残る人、歴史に名を刻む人は氷山の一角。
でも、凡人だって残せるんです。
言葉という情報資産でね。
何かを残したい。認められたい。
そういう承認欲求はずっと抱えてきました。
走ることの根源もそこにありましたし。
今も持っているけれど、まずは自分自身が認めてあげること。
今のまんまの私じゃ、私は許せないらしい。
認められないらしい。
お金にはならないことばかりです。
でも、仕事よりも私にとってはものすごく価値がある。
そんなことを2023年は力を入れていきます。
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