自己ベスト更新へチャレンジスタート!

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「走ること」あれこれ。
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GW中、私にとってかなり怖かったことをやりました。それは……

「撮りめてあった中学(と高校)時代のレースを見る」

両親がレースの度にビデオカメラで撮ってくれていたのです。必ず。

特に中学生の頃は、記録会は顧問の先生じゃなくて両親の送迎で一人で出ていたし。県の強化指定選手だったから練習会や合宿も両親の送迎でした。

でね、その頃の映像を見るのはずっと拒否ってました。嫌だったの。無理だったの。

いちばん走れていた頃でもあり、辛くて苦しい日々でもあったから。

実業団時代までずっとそういう走り方をしてきましたけどね。その頃を追体験したくなかったんです。

頭じゃない、身体が全部覚えてるから。

一時期はトラウマになってるくらいでした。誰にも話したくなかったし、思い出したくもなかった。

でも、ふと見ようと思った。なぜかは分からないけど、見たら何かターニングポイントになると感じました。

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🍊例のあの頃

私のランナーとしての全盛期は中学時代で止まっています。

800m、1500mの自己ベストが中学生のとき。

その他の種目の自己ベストは高校以後に出したけれども、どうしても中学の走りや結果を越えることは出来ていません。

県大会で優勝。全国大会に出場。

今振り返っても、中学生女子で驚異的な速さでした。上には上がいるけどさ、自分でも信じらんないくらいは。

でも、結果や走りが良かったこの体験が私のネックになってしまいました。

まず日々の練習は緊張と不安と怖さしかない。

走れるのか。設定タイムはこなせるのか。

出来なかったらどうしよう。走れなかったらどうしよう。こればっかり。

大事な練習の日は、朝から緊張して練習が終わるまで気を抜けません。常に張り詰めている状態でした。

レースの時はそれがさらに増します。前日は寝れない。朝ごはんが食べられない。(次第に慣れて食べれるようになったけど)

緊張でとにかく固まる。余裕がないから誰とも話せなくなるし、「ちゃんと走れるのか(タイムは出せるのか)」不安と恐怖しかない。

そんな中で走り終えると、緊張の糸が切れてトイレにこもるかダウンする。

さらに結果が出始めると、さらにプレッシャーは増す一方です。

結果のアップダウンも激しい。走れる時はめっちゃ走れるけど、走れない時はビリ。

中学時代に叩き込んでしまったこの走り方は、実業団時代まで続きました。

ベースを変えることが出来なかったんです。

いつも故障続き、極端な食制限や体重管理。常に「頑張る」「耐える」やり方には精神的にも限界がきて、走ること自体を拒絶。

それから3年ほど。旦那さまと出会えたことにより、少しずつ再開。

いちばんトラウマになってたトラック練習、トラックレースにも復帰。

でもどうしても消えない、終わらないあの頃。

抱えていた色んなものを終わらせて、ようやく「見るぞ」って気になったのが再開して4年後の今です。

🍊あの頃の走りはもうできない。

撮ってくれてた両親に感謝です。いちばん根幹の部分を追体験出きるんだもん。

すべてを終わりにするツールとして最強じゃん。

旦那さまもあの頃の私の走りを見たいとノリノリ。

ということで、GWの帰省中に両親、なぜか弟、旦那さまを交えて観賞会が行われました。

夕食を囲みながらだったんですけど……私、見事に食欲がなくなりました(笑)

怖くて震えちゃって。身体が覚えてるんだもんなぁ~強烈に。

けれども、ぜーんぶ見ました。20レース以上あったかしら。

快走したレースも、身体が動かずビリでゴールしたレースも。

そんで本当は中学時代のだけ見ようと思ったら、高校のも見たいと言い出さマシタ結局、余すとこ無く……

見るのホント疲れた

まず感じたこと。私、めっちゃすごいじゃーん!

走れなかった時だってタイムは速いんですよ。全然ダメなんかじゃない。

そりゃ走った当初はショックだったけどさ、あなたそれ速いんですよ!あの頃の私にもの申したい。

トラウマになってたけれど今は全く逆。自信になりました。もうあの頃は笑って話せるよ★

こっちは精神的な方なので、では次に物理的(フォーム)な方へ参りましょう。

旦那さま目線での感想です。

前提として「なっちゃんスゴい。めっちゃ速い」なんだけれども。

「まじか。あー…”こっち”か」

私のフォームが驚異的だったらしい。それは、悪い意味でです。

完全にバネと身体の軽さで走ってるんだって。(今の走りからは想像できないくらいかけ離れてます)

動きがダイナミック。ストライドが伸びるし、まさに「走るってジャンプの連続なんだと象徴していた」。(旦那さま談)

でもだからこそ。どう考えても数年が限界だったようです。

確かに私は中学生にして疲労骨折を2回やってます。そして女性としての身体の変化があったら…

走り方は変えざるを得ない。高校生の時にはもう、フォームがガラッと変わっていました。

あのフォームで走れてたのはどうやら、運良く噛み合っちゃったからみたいです。

大きな要素は水泳。私、水泳選手コースでガンガン泳いでだから。心肺機能はスポーツ心臓と言われる類いになるし、身体の柔らかさはバッチリ、上半身の筋肉はしっかり付いていました。

そこに走り込みを重ねて「走れる身体」に変わったら…速くなっちゃったと。

そういうことです。

だから、もうこれは終わり。

精神的にも物理的にも再現不可能になりました。

🍊今の私で記録を出す

ランナーの中には、走り方が全く変わらずに速くなる人もいます。

身体が軽いまま。細いまま。

でもそういう人はほんの一握り。たくさんの女子ランナーは高校生で消えていっています。だって普通は限界があるから。私もそのうちの一人だったんだな~

走り続けて記録を伸ばし続けるには、トレーニング方法やアプローチが全く足りてなかったんだと分かりました。

もはや考え方から間違ってた。

見たお陰でぜんぶ払拭できました。そして腹をくくります。

ゼロからやるっきゃ無い!

走り方すべてを、考え方やトレーニングを、今の私でゼロからやる。

本当はゼロではないけどね。あの頃があったから今の私があるんだもの。

今の走りで1500m自己ベスト。

ベストタイムは4’39″6。

なんでこんなに速く走れてたんだろう私。本当にわかんない(笑)

トラック練習を少しずつやり出してるけど、当時の速さにはほど遠いです…走れば走るほどに遠く感じるよぅ。

でも、大丈夫。

だって旦那さまがいるから!

つい先日、40歳を目前に1500mの自己ベストを見事に更新しました👏

トレーニングメソッドは彼に教わってます。

いちばんやりたかったのに避けていたことが、この1500mのベスト更新。

それをやろうと決めただけで、かなり変わったなぁ。

今年はゆっくり積み重ね。来年度中に出すことを見据えてます⭐

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